Shaper Ryosuke Hori

静岡県に生まれ、18歳まで静岡で過ごす。
小学校から中学までスイミングスクール~水泳部と水に関わりながら高校に入りヨット部(2人乗りのディンギーヨット)で風と海面を観る。
その頃にはFRPでのヨット修理で樹脂関連を理解するようになっていた。

高校卒業と共に神奈川に移り住み、マリンスポーツの専門学校に通いその過程で出会った先輩や同級の友人達と波乗りの世界に入り込む。
サーフィンを始めてからというもの、自分の内の世界が変わり本当の自然や環境を考える様になった。

波を求めて海外にも行くようになると、多国籍のサーファーとの出会い、波、あらゆる経験のすべてが素晴らしく感じサーフィンはとんでもなく素晴らしいモノを与えてくれると人生観が変わった。
そして現在はその素晴らしき出会いからインスパイアされたサーフボードモデルや自身の経験から、さらに楽しいオモチャを作っていきたいと考えている。

多くの出会いから生み出されたボードデザイン

Hawaii-Mauiのプロロングサーファーでもありシェイパーでもある今は亡きChris Vandervoot氏Watah Mon Surfboardのディストリビュートの経験を経て、当時の先輩ファクトリーマン達と共に多くのデザインやその理論、技術を学び、その経験が基本に根付いています。

またTomo Surfboard のダニエルトムソン氏が来日の際には彼がシェイプしていたファクトリーで共に時間を共有し、同時にシェイパーYuki 須藤氏、宇田ダイチ氏、ファクトリー工場長、永野氏等のファクトリーマンから多くの技術を学びました。

Hori氏 「正直、私はシェイパーではありますが、他のシェイパー達のサーフボードに乗る機会も多くあります。サーフボードシェイパーが他のシェイパーの板に乗る。
変な話しでしょうが、私にとっては全てのサーフボードが教本だと思っています。
仮の話ですが、私は自分の削るサーフボードが一番だと満足することで、シェイパーとして学び続ける事をやめてしまうことを恐れています。シェイプを自己満足なものにしたくないからです。
ですから私は多くのシェイパーの板を乗り、そのインスピレーションの一部を柔軟に自分のデザインに取り組み生かすことで新しいボード開発に生かしてゆきたいと考えています。」

Banyu from SCL on Vimeo.

生涯忘れることのない素敵なプレゼント

ある日、知り合いのサーフボードを借りて乗った時に素晴らしいフィーリングと感銘を受けました。
その板はMandala SurfboardのArk tail Quad。
衝撃を受けたMandala Surfboard、Hori氏はそのボードのシェイパー、マニュエルカロ(マニー)に会うため、その年の内にカルフォルニアーサンディエゴまでマニーに会いに走りました。

マニーとの出会で私は彼から素敵なプレゼントを頂いた。
それはテンプレートです。まさしくサーフボードの設計図になるシェイパーにとってなくてはならないもの。
しかもそれはHori氏が感銘をうけたArk tail Quadのテンプレートでした。

Hori氏はそんな大切なモノ貰えないと話したが、
マニーは、私も先人からいろんなモノを貰っている、このテンプレートもジョージグリノーとスキップフライから譲り受けたテンプレートから私がアレンジして作ったテンプレートだとマニーは続けながら私に話したと語る。


マニー氏

「多くの先人が私に残してくれました。私もあなたという、はるばる日本から私を訪ねてくれた友人に私の一つを渡したい。」

Hori氏「私は今でも大切な宝物(テンプレート)で自身のアレンジを加えながら少しでも多くのサーファーにサーフィンを楽しめる様な板を削っていきたいと思います。多くのサーファーにその板を試してもらい波乗りを楽しんでもらいたい。そしていつの日か、自分と同じ様にシェイプの道に来てくれる若人を助けられるシェイパーに自分自身も成長して行きたいと思っています。」